ある無名兵士の詩

映画「祈り〜サムシンググレートとの対話〜」のエンディングで、白鳥哲監督が自らナレーションを担当して読み上げた詩節に、僕はひどく心を突き動かされた。映画の内容としては「祈りは時空を超えて人体に影響を与える」とか「意識が遺伝子のスイッチをオンにする」とか「祈りの波動が世界をひとつにする」といったテーマを扱っていて、特に涙を誘う内容ではなかったのだが、あの最後のエンディングで完全にやられてしまった。

以前、確かにどこかで聞いたことがある気がしたが思い出せない。最初は聖書の聖句にあるのかと思いながら、映画が終わった後のクレジット画面に目を凝らしてみたが出典が出てこなかった。仕方がないので頭に残る詩節の一部を打ち込んで検索してみることにした。ダメでもともとと思ったが意外とすぐにソースが見つかった。

アメリカ南北戦争で傷ついた南軍の兵士が病床の壁に綴ったとされる詩で、“A Creed for Those Who Have Suffered” が原典であった。タイトルを直訳すれば「悩める人々に贈る信条」という意味になるのだが、一般的には「ある無名兵士の詩」あるいは「ある兵士の祈り」として知られている。この詩を刻んだプレートがマンハッタンにあるニューヨーク大学付属病院のリハビリセンターの受付の壁に掲げられているそうだ。機会があれば行って確認してみたい。

祈る人々の映像を見せながら、ホルストの「ジュピター」のメロディーと共に読み上げられた「ある兵士の祈り」は秀悦な演出だったと思う。「祈り」という映画のエンディングにこの詩を選んだ白鳥哲という人物の心情の深さも感得したような気がした。

インターネットでこの詩について調べていると、クリスチャンの視点からの感想や解説がいろいろと出てきた。これを書いた「無名の兵士」もクリスチャンであったに違いない。この詩をもとにした賛美歌も作られているそうだ。確かに、この詩に込められた「思い」はクリスチャンの信仰と相性が良いようだ。しかし、神の愛と信仰者の謙遜は宗教の枠を超えた人類共通の徳目だと僕は思う。

どちらかといえばよがびと(ヨーギ)である僕の視点から、この「ある無名兵士の詩」が教えてくれたことを二つ述べてみたい。

第一に、神は間違いなく愛なるお方であるということである。
「神」というと限定されたイメージを抱いてしまうかもしれないが、その呼び方は便宜上のものであって、インド哲学ではブラフマー、スピリッチャルな立場ではスプリーム・インテリジェンス(至高の叡智)と呼ぶかもしれない。映画に登場した村上博士は科学者の立場から「サムシンググレート」と呼んだわけだ。神は人間が肉体を持って地上に生まれた目的を熟知していて、肉体は魂の幸福のために奉仕する道具に過ぎないことを知っている。人間の本質は魂であって、神は魂の幸福(それはつまり魂の成長、学び、進化にあるのだが)に最初から最後までフォーカスしているということである。肉体は魂が地球で旅を続けことができる「乗り物」のようなもので、その「乗り物」の幸福などは最初からガン無視である。もちろん「魂」が安全に旅を続けられるように日頃のメンテナンスは必要であるが、それが本来の目的ではない。それを十分に知って、人間を真の幸福に導いてくれる神は、絶対愛なる方であるはずだ。

人はとかくこの「乗り物」の「見てくれ」にばかり意識が向かいがちである。
色や形、装備のオプションがあるかないかで、幸せであるとか不幸であるとか決めつけてしまう。時にはボロボロの走りが悪いクルマでオフロードを走ってみてもいいではないか。そういう体験からでも魂は何かを学ぶのだ。絶対愛なる神さまはその魂が「学び」をうるに最もふさわしい「乗り物」と「道」をベストタイミングで与えてくださるのである。この詩の作者である兵士も決して性能のいいクルマでハイウェイを走ったのではなかったかもしれない。あげくはデコボコ道でタイヤがパンクして動けなくなった体験をしたかもしれない。そこで何かを学び、次はちょっといいクルマに乗り換えて、舗装道路を走って、美しい風景でも観にゆけたらいいじゃないか。彼にとってその美しさはきっと格別なもになるだろう。愛なる神さまは彼の次の旅のことも、そのまた次の旅のこともちゃんと考えておいてくれるはずだ。そう考えるならば、この詩には魂の「転生」をも示唆していると言える。
それが僕がこの詩から感じた二つ目のことである。

さて、皆さんはこの詩から何を感じるでしょうか。どうぞ、じっくりとかみしめて読んでみてください。参考までに英語の原文も載せておきました。

ある無名兵士の詩

大きなことを成し遂げるために、
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙遜を学ぶようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるようにと、健康を求めたのに
より良きことができるようにと、病弱を与えられた

幸せになろうとして、富を求めたのに
賢明であるようにと、貧困を授かった

世の中の人々の称賛を得ようと、成功を求めたのに
得意にならないようにと、失敗を授かった

人生を享楽しようと、あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと、命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものはすべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
もっとも豊かに祝福されたのだ
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve.
I was made weak, that I might learn humbly to obey…

I asked for health, that I might do great things.
I was given infirmity, that I might do better things…

I asked for riches, that I might be happy.
I was given poverty, that I might be wise…

I asked for power, that I might have the praise of men.
I was given weakness, that I might feel the need of God…

I asked for all things, that I might enjoy life.
I was given life, that I might enjoy all things…

I got nothing I asked for - but everything I had hoped for;
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am, among men, most richly blessed!

Attributed to an unknown Confederate soldier

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