死んだら祖国の土になる

日本では近年、所有者不明の土地問題が深刻化してきているようだ。現在、全国でおよそ410万haにのぼるとされており、これは九州の総面積よりも大きいという。単純に考えれば、そういう土地は全て国有地にしてしまえばいいのにと思うのだが、問題はそう簡単ではないらしい。相続人が登記の名義を変更せずに所有者不在のケースというのが最も多いらしいのだ。相続したとしても売却ができず、税金や管理コストがかかるので名義を変えずに放置してしまうのである。そういう場合、出来るなら所有権を放棄したいと思っている人が大半らしいのだが、それを認める法が存在していないのである。それならば、早急に法整備を進めるべきなのだが、国としても召し上げられた土地の維持管理の負担を背負うことになるので、なかなか前に進まないのが現実のようだ。

しかし、問題を先送りしていてもどんどん悪化の途をたどるばかりなので、遅かれ早かれ土地の所有権を放棄できるようになるに違いない。そうなった時のために、しっかりと国が国有地を管理する体制を整えて欲しい。間違っても外国人に日本の国土を切り売りするようなマネはしないで欲しいと願うばかりである。外国に土地を売って金融資産を増やすよりも、日本の八百万の神々に土地をお返しすれば良いではないか。国土はもともと個人の所有物ではないはずだ。土地が人に属するのではなくて、人が土地に属しているのである。国土に対する人々の認識が変わる必要があろう。金で全てが買えるものだったら、地球まるごとだって、ひいては宇宙全体だって金で買える「商品」という発想になってしまう。そんなことが許されるはずはない。私たちはただその土地を使用する権利を買っているだけに過ぎないのである。土地に関しては(おそらくすべてのものにおいても)「所有」という概念を変える必要がある。それは人間の精神性の進化に関連していることではあろうが。

国は国土を管理する義務があると思う。商業的な利用が見込めない土地なら木を植えて森にすればいいではないか。

僕が死んだら樹木葬にして欲しいとかねがね思っている。人が、この地球で生まれて生きて、その生涯を送れたことに感謝をして、ここを離れる時に一本の木を植えて、その下で祖国の土になる。こういう人生の締めくくりに共感してくれる人はきっとたくさんいるはず。だから、樹木葬用の霊園が増えて欲しいとヨーガな僕は思っている。それはきっと日本の国土を活かす道にもなるだろう。そして、いつか日本民族が滅んでしまったとしても、かつてそこに生きた人々は森になって故郷を守るのだ。つまり、それは地球を守ることでもある。

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