がんばれランドスケーパー

最近は使うのだろうか。「五月病」という言葉があったのを思い出す。新入生や新入社員が新しい環境の変化に適応できないことが原因で起こる憂鬱な症状のことだ。
全くそれとは関係がないのだが、ここニューヨークでランドスケーパーをやっていると毎年5月を迎えるたびに憂鬱に思うことが2つある。

新緑の季節。あちらこちらで綺麗なお花なんかを目にするいい季節なんだけれど、5月になると必ずと言っていいほど断続的に真夏のような暑い日がやってくる。暦の上ではもう「立夏」なのだから当然と言えば当然である。昔の人はよくわかっていたのだ。しかし、この「暑さ」が問題なのではない。この季節に大量に放出される「花粉」が問題なのである。

外に置いてあるクルマというクルマを半日もたたずに黄色くコーティングしてしまうこの粉の正体は、主に樹木由来の「花粉」である。このあたりで特に多いのはメイプルからの花粉だろう。さらにスギやヒノキやイチイといった常緑針葉樹は庭木や生垣で植えられているものも多く、ブロアーで吹くと煙のように花粉が舞い上がる。こういう樹木由来の花粉とその他諸々の花粉が、半端ではない量、空気中に混在して漂っているのだ。僕たちはこの季節、花粉入りの空気を呼吸して生きていると言ってもよい。花粉症にならない方がおかしいというものだ。

こういう花粉混在入り空気をできるだけ避けて、家の中に待機していられればそれに越したことはないのだが、ランドスケーパーはそんなことも言っていられない。誰よりも花粉を吸い、むしろ時には自らが花粉を舞上がらせて、果敢にもその中に飛び込んでいかなければならない立場なのである。おかげで四六時中鼻がズルズル状態だ。

それからもう一つ。5月からいくつかのエリアでバックパックブロアーの使用が禁止されるのだ。厳密には2サイクルのスモールエンジンで駆動させるタイプのブロアーのことだが、これがランドスケーパーにとっては三つの神器の一つなのである。(あとの二つはモウアーとトリマー。)これを使用不可にされてしまうと仕事を気持ちよく終われない。まるでフィニッシュなしで終わる体操競技のようになってしまう。

バックパックブロアーが何かと目の敵にされている理由は二つある。

第一にその「音」である。最近はコロナの影響で自宅勤務やリモート学習をする人たちが急増したことで、この「音」に対する苦情が増えているそうな。窓やドアを閉めきってもブロアーのエンジンの音は家の中まで入ってくるというのだ。「騒音公害」で住人の「生活の質」を低下させるというのである。窓とドアを閉めきって空調の効いた快適な部屋でコンピューターに向かって「お仕事」をしている人たちやリビングのソファーでくつろいで余暇を楽しんでいる人々の言う「生活の質」云々の主張は、たぶん、多くのランドスケーパーにはピンとこないかもしれない。なぜなら彼らの多くは「生活の質」にまでは考えが及ばず、ただ「生活」のためだけに汗と埃と騒音にまみれて、一所懸命、肉体を動かしている者ばかりであろうから。

第二の理由は「排ガス」である。バックパックブロアーの排ガスはよく一般の車の排ガスと比較されて、一酸化炭素 (CO) で8倍、炭化水素 (HC) や窒素酸化物 (NOx) ははるかにそれ以上と言われている。まあ最も単純な2サイクルのスモールエンジンと排ガス規制の下で長年技術投入されてきた排気ガス浄化装置付きの最新の自動車とを比較されたら、そりゃ到底太刀打ち出来ないのは当然と言えば当然だ。しかし、それでパックパックブロアーを極悪非道なモノ扱いされるのは、それを心強い相棒としてきたランドスケーパーとしてはなんとも悲しい気持ちである。「排ガス」の問題は事実として重く受け止めたいが、僕たちとしてはただ「いい仕事」がしたいだけなのだ。

現状ではバックパックブロアーは10月の落ち葉の季節になると解禁になるが、樹木の多いニューヨーク郊外では一年を通して使いたいケースは山ほどある。先にも述べた花粉は5月から6月までがピークだし、その後には大量の種子やら花弁やらが落ちてくる。ライ市のある家では5月以降もドライブウェイやら裏庭のテラスやらがこういうもので汚れるので、いつかパートナーがバックパックブロアーを使ったことがあって、隣のおばさんにポリスを呼ばれた。

住人の多くは、たぶん、ブロアーに関する町の条例のことは知らないか、気にもとめていない。ランドスケーパーが来れば最後に綺麗にブローしていってくれると期待している人も多い。一方、隣近所でブロアーの音がするとポリスに通報する人もいる。自治体によって条例も対策も様々だ。

さまざまなエゴが交錯する中で、素朴な肉体労働者たちはただ弄ばれているだけのようにしか思えない。
願わくばエネルギー革命が起こって、持続可能なエネルギーで排ガスなし、軽くてパワフルで静かなマシンが開発されることを望むばかりだ。もっとも、そんな世界になったら、ランドスケーパーの仕事は AI とロボットに取って代わられているかもしれないけれど –––– 。

なにはともあれ、明るい未来が来ることを願って「今」というこの時代を共に乗り切ろうではないか。がんばれランドスケーパー!

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