「パワーオブナウ」と「ニュー・アース」日本語版を読んで

日本で買って来たエックハルト・トールの「ニュー・アース」を完読した。

トール氏の別の代表作 “Power of Now” (日本語版タイトル「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」) は日本滞在中に読んだ。僕は年に一度高齢の母を見舞うために一時帰国することにしているが、できれば何か他の「意義」もこの一時帰国に加えたかった。最初、母の実家の近くのコミュニティ・カフェで読書会のようなことを定期的にやっていると知ったので、時間があったら参加してみようと思って、選んだ本が「パワー・オブ・ナウ」だった。結局この読書会には参加できなかったのだけれど、しかし、不思議なことにこの参加できなかった「読書会」のおかげで、僕はエックハルト・トールに出会うことができたのである。以前から彼の名前は知っていたし、彼の著作もいつかは読もうとは思っていたのだけれど、もし、この「読書会」がなかったならば、その時はまだ来ていなかったに違いない。本との出会いは不思議なものだ。特に「人生」という旅に必要不可欠な本との出会いにおいては。おそらくトール氏の本を手にした人たちの多くが、「人生の旅」のある特別な「時」に、何かに(または誰かに)「導かれる」ようにして、その本に出会ったのではないだろうか。

トール氏の悟ったエゴの正体とその脱却法は衝撃的だった。人類への警鐘と同時に最後の福音のようにも感じられた。しかし、原書で感じたトール氏の情熱と切実感は日本語版になってかなり薄められてしまったように感じた。著者の新しい啓示も出版という商業ベースに乗らなかったら世に知られることはなかっただろう。しかし、日本語版はこの「商業ベース」が妙に権威を振りかざし「新しい啓示」を台無しにしてしまったようにも思えた。現代人への警鐘も込められているに違いない「啓示」をただの「読み物」にしてしまった感は残念であった。訳者の方は忠実に訳出という「仕事」をこなしてくださったのだろうが(それでも「天文学者」を「宇宙飛行士」などと訳す明らかな間違いも見受けられたが)本当ならば翻訳者も著者と同程度の情熱と切実感を持っていて欲しかった。たぶん「エゴ」と訳せはしても「エゴ」については何も理解していなかったのだろう。

笑ってしまったのは「パワー・オブ・ナウ」の日本語版の方である。「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」なんてお粗末なタイトルに変えられているのかまず理解できない。原タイトルの意味するところを全く反映していない。おかげて日本語版を検索するのに苦労した。それから監修者飯田史彦氏の名前が著者の名前よりもフォントが大きく印刷されていることが不可解であった。巻頭に3ページ足らずの監修者の言葉が載せられているだけなのに。読めば、偉そうな指示だけは出しておいて大変なことは全部翻訳者に丸投げしているかのような内容である。福島大学経済学部助教授という肩書きだけが太字ゴシックで印刷されている。「この人、本当に本の内容を読んでいるのか?」エゴについて書かれた本の体裁がエゴ丸出しなのに笑ってしまったのだ。スピリチュアルな人ならば「パワー・オブ・ナウ」で十分手に取るところを「さとりをひらくとーー」で手に取るのをやめ、あわよくば手に取ったところで監修者の言葉を読んで棚に戻す姿を想像してしまった。この助教授のおかげで日本人のスピリチュアルな進化は5年は遅れたかもとさえ思ってしまった。

そんな障害(?)を乗り越えて読者の手元に至った本の内容は、決して読む人をがっかりさせないだろう。この新しい「啓示」と出会った人たちの「ちから」がいつか世界を変えることにつながりますように。

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