ベートーヴェンおたくになってみようか

昨年の大晦日の夜に、僕は家族にベートーヴェンの「第九」を聴いて過ごそうと提案した。

一昨年(2019年)の大晦日はちょうど日本にいて、久石譲のジルべスターコンサートに家族で出かけた経緯もあって、大晦日に「第九」を聴いて過ごす習慣を定着させたいと思ったからだ。年末に「第九」を聴く習慣があるのは、世界中でも日本くらいのものらしいが、日本人の中でもそういう洗練されたセンスを持っている人間はごく一部であるに違いない。それでもやっぱり年の瀬が近づくと、全国でさかんに第九コンサートが行われるのを見ると、主催者側の採算がとれるくらいに、そういう素敵な日本人が多くいらっしゃるということなのだろう。嬉しいことだが、我が家庭にもそういうセンスを持ち込みたいと願う僕の思いはなかなか叶わない。

今や YouTube にはコンサート会場に足を運ばなくともその気分を味わえる動画がいくらでも出てくる。このコロナ禍の御時世にはありがたいことである。僕が見つけたいくつかの第九コンサートをプロジェクターを使ってスクリーンに写せば、立派なコンサート会場になるだろう。この映像を観ながら僕は家族に「鑑賞」の時間を与えたかったのだ。息子も娘たちも「いいよ」と言った。

ところが、いざプロジェクターをセットアップしてスクリーンで「ブロムシュテッド指揮N響」の映像を映し始めたら、一同が「あかりをつけてくれ」という。「明るくしたらスクリーンが見えないじゃないか」と僕が言うと「部屋が暗いと新年のレゾリューション(決意文)が書けないよ」と息子が言う。つまり、この者たちは楽聖ベートーヴェンの交響曲第九番を BGM 替りに聞こうとしていた、ということなのだ。僕は当初の構想とかけ離れたシチュエーションに落胆したが、まあ、考えてみれば「第九」やベートーヴェンに対する思い入れが特別にあるわけでもない人間にとっては、当然の態度なのかもしれない。そりゃレゾリューションを書くのも大切だろうけれどね。それはそれ、これはこれだろうと僕なんかは思ってしまうのだ。大晦日に「第九」を聴くことの「意味」は、それなりのセンスの持ち主ではない限り解りはすまいか –––– 。

いつかはベートーヴェンの作品を全部聞いてみたいと考えていたが、今の時代、それも遠い夢ではなくなったのかもしれない。高いお金を出してレコードやCDを買わなくとも、あるいはコンサートに足を運ばなくとも、手軽に安価にインターネットを通じて音楽が配信される時代になった。アマゾンプライムに加入していればプライムミュージックというフリーの音楽ストリーミングのサービスがある。調べてみるとベートーヴェンの交響曲はもちろん、ピアノソナタ全曲もバイオリンソナタ全曲もプライムミュージックで聴けるではないか。「ちょっと待ってくれ」と僕は思った。自分は目の前にあった宝物を、もう何年もみすみす見逃していたのか。プライムのメンバーになってからもう10年にはなる。お金の価値よりも「時間」の価値の方がはるかに重要な時代になったのだ。

ベートーヴェンに魂を救われた人間はロマン・ロランだけでは無論ないだろう。音楽史上に残る珠玉の名曲群が、ほとんど聴覚を失った一人の音楽家によって産み出されたものだと知れば、それらの作品の秀逸さよりもそれを生み出した人間の「偉大さ」に、より惹かれるのは当然のことではあるまいか。学校の音楽室には必ず掲げてあるお馴染みの「楽聖」ベートーヴェンの真の偉大さは、彼の生涯を抜きにしては決して語れない。ベートーヴェンに救われたと自覚する数多くの人たちは「作品」によってではなく、むしろベートーヴェンという人物、あるいはその魂によって救われたのである。

40年前、大学受験にも恋にも失敗して、精神的どん底にあった19歳の僕が、突如としてベートーヴェンを聴き始めた様子を、もしも、側から見る人がいたら、さぞ異常に見えたに違いない。それまで毎日のようにレッドツェッペリンのレコードを大音響で鳴らしていたのだから。確かに、あの時僕は「彼」に魂を救われたのだ。それ以来、僕は「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」を座右の銘としてきた。この言葉には、まさにベートヴェンの生涯が、凝縮されて詰まっている。

「年寄り」はよく昔を思い出すと言われるけれど、まあ、いいじゃないか。あの時からの続きを残された余生につなげてみたって。それはつまり「ベートーヴェンおたくになってみようか」ということなんだ。

ドイツ、ボンにあるベートーヴェンの生家「ベートーヴェン・ハウス」
いつの日か訪ねてみたいと思っているが –。

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