立春に寄せて

大晦日に一所懸命アタマを捻って考えた New Year Resolution「新年の決意」は、「決意」しただけで満足してしまう傾向にあるらしく、一月も終わろうとしている頃には、もうすっかり頭から抜けてしまっていたことに気づく。「しまった!」と思っても、まだ、大丈夫である。ありがたいことに仕切り直しをする機会はまだ残されていた。––– 立春である。

運命学的には「立春」をもって新年とするからだ。「いよいよ新年を迎えたか」と思っていたけれど、まだ新年ではなかったのだ。「今年は丑年か」と思っていたけれど、まだ子年は終わっていなかったのだ。そういう「言い訳」を自分の中でした僕は、少々安堵して胸を撫で下ろしたものの、さりげなく見たニュースの見出しに驚いた。「今年の立春124年ぶりに2月3日」とある。2月4日だとばかり思っていた立春が、今年に限って1日早まっていたのだ。「新年の決意」を仕切り直すためには、急がねばならない。

二十四節気と暦

立春が年によって変わる原因は暦と実際の観測データとのズレにあるのだが、そのズレを修正するために閏年がある。しかし、それでも僅かずつズレていってしまうため、将来的には立春が2月3日になる頻度が増えてくるらしい。これも地球の自転と公転が整数倍で一致するところがないので仕方がないことのようだ。

さもさりながら、人間にとって季節の変化というものは、生きる上でとても重要な要素を占めてきたので、暦とは別に(あるいは同時進行的に)それを正確に知る努力を積み重ねてきた。その努力の結晶として最たるものが、古代中国で編み出された「二十四節気」である。

二十四節気は一年を24に等分して季節の変わり目の目安としたもので、それぞれの期日はあくまでも科学的データ(つまり継続的な天体観測)に基づいて決められている。つまり、黄道上の太陽の位置(黄経)を春分の日に0°と定めたときに、夏至では90°、秋分には180°、冬至では270°のところにあり、360°(0°)でまた春分点に戻ってくるわけである。この一周りをさらに細かく15°ずつに分割して12の節気と12の中気を定めたものが二十四節気である。季節は黄道上の太陽の位置によって変化するから、二十四節気のそれぞれの節気や中気は季節を知る上では大変役に立つわけで、特に、季節の変化に敏感である農事においては昔から不可欠なものとして利用されてきたのである。

二十四節気表
太陽黄道図 Wikipedia より

自然界のすべてのものが周期やリズムに従って変化してゆく事実に気づくと、人の運命や運勢といったものも、そうであるに違いないと考えるようになったとしても、不思議ではない。それが運命学(あるいは推命学、命理学とも言われる)の始まりであったに違いない。特に、暦や季節に対する関心が深かった東洋で、四柱推命や紫微斗数などの秀逸な運命学が生まれたことも、ある意味、うなずけることである。

運命学について考える

小学生の頃から爺クサイことを考えていた僕は、運命だとか占術だとかにも結構興味があったものだが、大学生になって入信した阿含宗の仲間内でも、よく「運命学」が取りざたされていたので、結構ハマった記憶がある。主に密教占星術と呼ばれていたものや四柱推命だったが、ある日、仲間の一人が「すごいものがある」と言って話題に出したのが「紫微斗数」だった。「人の性格や体の体型までピタリと当たっている!」と言って大騒ぎしたものだ。あれは1980年代のことだったが、それ以来「紫微斗数」は結構なブームとなって、今や四柱推命と並んで2大命理学と言われるほどになったようだ。

四柱推命も当時少しはかじってみたが、フィーリング的は紫微斗数の方が気に入った。どちらも生年月日と生まれた時間の4つを元にして鑑定をするのであるが、四柱推命の命式よりも紫微斗数の名盤の方に美しさを感じたからかもしれない。それでも、あの頃、四柱推命で割り出した自分の大運の周期はその後もずーっと意識し続けていて、それに基づいて「自分史年表」を記録してきた。

さて、あの若かりし頃からウン十年の時が過ぎ、その間、酸いも甘いも経験し、教師からも反面教師からも様々な学びがあって、山あり谷ありでなんとか今日まで生き延びてきたこの時になって、どういうわけか再び「運命学」について想いを馳せている自分がいる。しかし、あの頃、抱いていた「運命学」に対する理解は、今や全く違ったものになっていると思う。

運命学は当たるのかと問われれば「当たるかもしれないし、当たらないかもしれない」と答えるしかない。あるいは「当たっているところもあれば、当たっていないところもある」と答えるかもしれない。実際、四柱推命や紫微斗数の他にも色々な運命学があるし、四柱推命の中にも様々な流派があって、当然、異なった鑑定結果が出てくるのが実際のところなのだ。

それでも、大自然の織りなす周期に気づき、深く研究して、人の運命にまで応用していこうと考えた出発点は間違っていなかったと僕は思う。人も自然のリズムの中で栄枯盛衰を繰り返すのだから、人の運命もある程度の予測はできるはずだと思っている。

命理学を極めようとしている人にとっては、おそらく、人の運命なり運勢なりを100%に近い精度で言い当てることが究極の目標であるに違いない。しかし、もし仮にそれができたところで、その人のこの地上で生きることになった一生の「価値」に何かプラスの変化を与えることができるのだろうか。あらかじめ運命が分かっていれば、できるだけ災禍を避けて福徳だけを得ることが出来ると謳う命理学の書籍も多い。しかし、禍福吉兆を告げることで、悪いことを避けて良いことだらけの人生を選んでいくことが、本当に可能であるとは僕には思えない。仮にそうできたとしても、それが人生の価値を高めることであるとも思わない。

昨年、思いもかけず亡くなった三浦春馬さんや竹内結子さんが、もし、四柱推命の大家の先生から前もって鑑定を受けていたとしたら、今も亡くならずに活躍していただろうかとふと考えた。良いこともあれば悪いことも起こる人生を、どのように自分の中で了解して納めてゆくのかが大切であるに違いないのだ。それをどのように人に説いていったら良いのか、僕にはまだ理路整然とはしない。運命学は確かに人の運勢の傾向をある程度見極めるには有効な手段であるのかもしれない。僕は運命学の鑑定結果を話のとっかかりにしてスピリチュアル・カウンセリングをしていくのは良いアイディアだと考えている。酒の肴がなくては話も進むまい。

スプレッドシートにまとめている僕の「自分史年表」は四柱推命でいう「運の巡り」が確かにあるらしいことを実感させてくれる。僕は自分の人生を実験台にして運命学の有効性を裏付けようとしているわけだ。それでも未来のことなど確実にわかるものではない。わからないから面白いということもあるものだ。それでも「何か」が起こることには違いがないので、その「何か」をワクワクしながら待つことができるようになった。

立春に際して、僕が「生涯路程表」と名付けている「自分史年表」をブラッシュアップしてみることにした。年表に十干十二支と変通性、十二運星の欄を付け加えてみたのだ。バックアップもとっておいた。
さて、もう少し運命学の勉強をしてみようか。

こんな感じの「自分史年表」作ってます

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