旅の心は巡礼

家族への奉仕と責任という思いから決意した年末年始の一時帰国。

年末年始に日本に行くからにはこの時期にこそできる体験をしようと考えた。そこで、まず、頭に浮かんだのはベートーヴェンの第九コンサート。世界でも年末に「第九」を聴く習慣があるのは日本人だけのようである。実は個人的にベートーヴェンには特に強い思い入れがある。昔は一時期毎年年末に「第九」コンサートに出かけたものだ。あの頃を思い出し、早速「チケットぴあ」で検索。しかし残念ながらスケジュールに合うコンサートは見つけられなかった。「今回は無理か」と思った時に目に入ったのが「久石譲のジルベスターコンサート」。ジルベスターとはドイツ語で大晦日の意味である。場所は大阪フェスティバルホールだ。僕たちは元旦を京都で迎える予定で宿泊予約を取っていたから、大晦日に大阪に出ることは可能であった。ジブリ映画のファンである子供たちは当然皆賛成した。しかし問題が起こった。コンサートのチケットがアメリカから買えないのである。チケットぴあの会員登録さえアメリカからはできないのだ。それはローソンチケットでも同様で、セキュリティー上「電話認証」という手続きが必要なためだ。訪日する外国人が増えているのに、海外からチケット購入ができないのは時代にそぐわないような気もするが、それゆえに詐欺じみた不正行為も増えているのだろう。さあ、どうしたものか。こういう時に頼れるのは妻の二つ上のH姉さん(実家のお姉さんではない)である。H姉さんに相談すると快く協力してくれた。かくて、久石譲のコンサートチケットは無事に家族の人数分を確保することができたのである。

そしてもう一つ、この時期、是非参加したいのが皇居への新年一般参賀である。これには子供たちは全く興味を示さない。日本の長い歴史と伝統を思えば「バッキンガム宮殿に行くよりも価値があること」といくら僕が力説しても無駄だった。そこで妻と二人で行くことにしたが、インターネットで情報を調べてみると、令和初の新年ということもあって相当の人出が予想されている。なんと15万人。平均3時間待ちは覚悟したほうがいいとのこと。僕はその昔、昭和天皇の頃に一度母を連れて一般参賀に出向いたことがあった。その記憶ではそれほど大変な思いはしていないのだが、日本は近年皇室ブームが高まってきているらしい。そして「令和」となった今年はそのピークとも言える。そんな中で皇居に出向くのは確かに大変かもしれない。もしかしたらせっかく足を運んでも両陛下にお会いできないかもしれない。それでも僕は行くことを決めた。それはなんというのか「巡礼」に行く気持ちである。

海外生活が長いと日本という国を「祖国」という捉え方で見ることができるようになる。日本国内にいたら決して感じ得なかったこの感覚はまるでマインドフルネス瞑想のようだ。つまり「祖国」を客観的に見ることができるのである。日本の歴史、文化、そして世界がこの国をどう見て、どう扱ってきたかなどを虚心坦懐に捉えることができる。その上で自分自身は「祖国」に対して何者なのか。その「祖国」を誇れるのか、愛せるのか、軽蔑するのか、憎むのか、が明瞭になってくる。その一連の内面の作業は「自分探しの旅」でもある。悪いことに敗戦後の日本は日本国民に「自分探し」をすることを禁じてきた。日本人は自分が何者なのかがわからなくなってしまったのだ。戦後教育は間違いなく日本嫌いの日本人を大量に産出することに貢献した。そして僕もかつてその一人であった。

自分の精神の中で僕はかつて日本を捨てたのだ。しかし、日本は僕を見捨てなかった。それは僕の曽祖父が日清戦争で死んだことや清水家の本家の長男が学徒動員で戦死して靖国神社に祀られていること、それから、かつて日本を守るために戦って死んだたくさんの人たちの「思い」と決して無関係ではない。時と場所を超えて僕たちはつながっている。不思議なことだが日本を離れてから歳月が経つほどにそういう思いが強くなった。こうして今僕が生きているのも日本の神々のおかげであると信じている。時と場所を超えて訪ねてくださる神々に時には僕の方から訪ねてゆきたいと思うのである。それが「巡礼」の心であると僕は思う。そしていかなる旅にもこの心を持ってゆきたいと僕は思っている。

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