きらびやかな体裁の陰

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ドグマ志向の宗教は強烈なプロトタイプをその信者に要求する。その「型」にハマれば信仰者と讃えられる。一方、子供は成長段階を経るに順って愛情に対する感受性が鋭くなってくる。親から自分に流れてくる愛が、自分が求める愛と違っている場合にはそれを敏感に察知する。そのギャップを自分の中でどう処理してよいのか分からず、子供の心は混乱する。少し成長した子供は、その差異を埋めあわせる努力をしようとする。愛は常に真実なものであるべきで、そうでないものは愛とは呼ばない。ドグマの鋳型に流し込まれた愛は、いくら母親が真実だと信じても子供はそうとは見なさない。

「本当の自分」は愛に飢えている自分なのであるが、その真実は「忘却の地下牢」に投げ込み、子供は別の人格を作りあげることに決めた。それは自己防衛策でもあり、母と自分との関係を壊したくはない母への愛でもあった。子供はたぶん母の期待に沿ったプロトタイプになる努力をしたであろう。それはしかし「偽りの自分」を作ることであり「本当の自分」の中には「痛み」をますます溜め込むことになったのである。

息子はある日、別人格である「偽りの自分」と付き合うことに疎ましさを覚えた。地下牢に閉じ込めておいた数多の「痛み」や「悲しみ」はもう溢れ出しそうなほど満杯だ。いっその事、こいつらを一斉に解放してやったらどうなるだろうと考えた。そうすればもう無理をしてその扉を押さえておく必要も無くなるのだ。これほどこれまで自分が苛まれてきた苦しみを知っているのか知らないのか、親父は毎日のんきに絵を描いて暮らしている。あまりにも不公平ではないか。もし自分がその扉から手を離せばこの不公平を相殺できるに違いない。母親は自分と一緒で何かのために、たぶん彼女が「信仰」と呼ぶあのくだらないもののために、やはり「偽りの自分」に苦しんできたのかもしれない。同情の余地もないではないが、それがこうなった自分の最大の原因であることは確かである。様々な思いがぐるぐると頭を駆け巡り、息子は自分の中の闇を解放することを決行した。

名誉の殿堂

グーグルの検索窓に CheonBo と打ってみる。リターンキーを押すと、出てくる出てくる。全部教会関連のサイトのようだ。なんだかよくわからないけれど、とりあえずその一つをクリックしたみた。 CheonBo Won というページに「天寶苑」という漢字が出ている。CheonBo とは天寶の意味だったのである。

きらびやかな建物が次から次へと紹介されている。
「ここは一体なんだ??」
アボジの死去以来、教会から距離を置いていた僕には何がどうなってしまっているのかさっぱりわからない。
「ここって、もしやチョンピョンではなかろうか?」
そう思って昔ブックマークをしておいた「天宙清平修練苑」をクリックしてみた。するとアドレスはリダイレクトされて「HJ天宙天寶修練苑」のページへ飛んだ。どうやら場所はあの清平らしい。しかし「清平」という文字が見当たらない。なんだか意図的に「清平」の文字を外したようにも思える。その代わりに三つもの修飾語が「修練苑」を飾り立てている。(えーと、要するにここは教会の修練所なんだよね。)HJとは「孝情」の韓国語読みの英語表記 Hyo Jeong の頭文字らしい。なぜこれだけアルファベットなのかは謎である。

それにしてもあれから豪華な「ハコモノ」をよくもこれだけ次々と建てたものだと思う。掲げられている写真がいちいちきらびやかすぎて、眩しくて目を覆いたくなる。建物の名称も全てがきらびやかである。昔の「清心病院」は今は「HJマグノリア国際病院」というのだそうだ。完全に鶴子さんの趣味一色になった感のある「清平」だが、なんだか「アボジ的」な面影が次々となくなっていくようで寂しい。「統一教会卒業生」の自分としては。

その CheonBo Won と呼ばれる建物の中に「名誉の殿堂」という部屋がある。「殿堂入り」という言葉は野球などでよく聞くが、要するに教会活動で顕著な功績を残した人たちを記念するための施設である。カンバラ夫妻は「殿堂入り」を果たし、ここに飾られて、訪れる人たちに讃えられる存在になったわけだ。CheonBo Couple とはそういうことだったのである。

カンバラさんに会いたくなったら、ここに行けば会えるのか。でも、カンバラさんの霊は果たしてこの場所を訪れるだろうか。教会に讃えられたことを名誉に思っているだろうか。写真で見る「殿堂」はやはり眩しいほどきらびやかだ。あの日あの時、図らずとも息子に霊と肉を切り離されたあの時の、カンバラ家庭に隠された闇の暗さはこのきらびやかさとは真逆だったのではあるまいか。今霊界に居るカンバラさんの心の中はどうだろう。

僕はそのウェブサイトに一通り目を通してみた。執拗なほど自画自賛が過ぎるコンテンツは、知られたくない数多の闇を必死になって隠そうとしているかのようにも思われた。僕はその滑稽さに笑い、そして泣いた。

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